これまで見てきたように,新しい製品開発体制においては,権限が商品主管1人に集中して
いたものを分割し,企画,開発・原価,収益,デザインといったように責任範囲を明確にして
いるということであった。そうすると,各担当者が負っている責任がきちんと果たされている
かどうかを,評価する必要が出てくる。従来は,一応商品主管が全責任を負っているというこ
とであったが,実際は責任範囲が大きすぎて曖昧になっていたり,評価基準が明文化されてい
ないといった状況であった。こうした点は,新体制においてどのように変わっているのかを,
見ていくこととする。引用部分が若干長くなっているが,以下に出てくる「コミットメント」
「ターゲット」についての理解を深めるためである。
「日産の管理職の場合は年俸制度ですから,基本的には年間契約をするわけです。そのときに
『来年私はこれを約束します』という,いわゆる『コミットメント』を出すわけです。 CPS の
役割は『お客さんに対して商品力を保証すること』ですから,買っていただいたお客さんの満
足度が 80%以上だとか,発売前の車については,クリニック(診断) をやったときに,競合車
と比較して1番に選ばれるといったものです。『コミットメント』 よりももう少し高い目標は,
『ターゲット』といいます。1番になるにしても,競合車に対して何%引き離して1番になる
とか,我々が想定した販売価格よりも,お客様は 20 万高く買って頂けるといったものです。
こうした『コミットメント』『ターゲット』が,何%遂行されたかによって査定が行われて,
それに基づいて年俸が決まります。」
「社内の関係する全部門が『コミットメント』を出します。『コミットメント』は,『契約』
が近い感じだと思います。約束というような軽い概念ではありません。販売台数や収益といっ
た数字に責任を持つ部署が,社長にコミットするということです。『コミットメント』を集め
て社長の承認をもらいます。その時の提案文書には『コントラクト』というタイトルが付いて
います。そこには,商品の概要,強み,弱み,開発費,内製投資,変動費が各部門ごとに全部出ています。今回の体制は,責任範囲が分かれただけではなくて,自分の給料が何によって決まるのかが決まっています。 CPS ならば, 今年の商品の競争力と販売台数が幾らという『コミットメント』を年間の初めに出していますから,それが達成できたら給料が上がるし,達成できなかったら下がるというのが自分でも分かりますから,非常に明確です。何をやるにしても,『コミットメント』と『ターゲット』というものが出てきます。『コミットメント』は『最低限絶対クリアする』,『自分の全知全能を尽くしてやります』という数値で,『ターゲット』は,『遂行出来たら偉い』という数値です。ビジネスプランが会社の中にあり,『コミットメント』, 『ターゲット』が自動的に決まります。後はどれだけ自分の仕事をやっていくかだけです。」
以上のように,各担当者が仕事を行っていくに際して,『コミットメント』『ターゲット』というものが設定されている。どちらについても,数値が設定されていて,非常に明解な形で評価を行うことが出来るようになっている。とりわけ『コミットメント』については,今まで曖昧になっていた責任をはっきりさせるため,「契約」ともいえるような形になっている。これが達成されない場合には,給与面で不利な扱いを受ける可能性があるということであった。そのことが「24 時間常に緊張感」を社員に持たせ,責任を持って職務を遂行させることを目的として,利用されていると考えられる。ちなみにこれは,ルノー社でのやり方を採用したとのことであった。「コミットメント」の具体的内容については,以下のような話が聞かれた。『コミットメント』における数値目標は,商品競争力にいろいろなパフォーマンスの軸があって,それぞれのパフォーマンスが,周辺の競合車に対しての位置関係から作ります。具体的には,例えば『ライディング・コンフォート(Riding Comfort=乗り心地) 』だとか,あるいは『キャビン・コンフォート(Cabin Comfort=車内空間の快適さ) 』,『ドライビング・プレジャー(Driving Pleasure=運転の楽しさ) 』といったものです。『ドライビング・プレジャー』の中には『アクセラレーション(Accelerate=加速) 』, 『ハンドリング・アンド・ブレーキ(Handling and Brake=車の取り回しと停止能力) 』, その中に『パーシーブド・クオリティー(Perceived Quality=感性品質) 』があったり,あるいは『デザイン』などがあります。それぞれの項目について,競合車との位置関係で評価されます。」「コミットメント」は,ある一定の期間に,ある数値目標を達成することを,書類によってサインを取り交わす形になっている。これによって,誰が何について「コミットメント」を出しているか,その内容についても,明確にわかるようになっている。これについては,以下のようなエピソードも聞かれた。副社長の所に,『コミットメント』を貰いにいったら,『俺はもうすぐ会社を退職するかもしれないけど,辞めても穴を開けたら損失分を払えと言われても,家を売ったって大した金は出ないぞ』といったように,みんなびっくりしてしまっていました。」CPS が担当している「X-TRAIL」は,ゴーン社長が初めて承認を出した自動車ということで,新聞などで取り上げられている 21)。承認当時は,製品開発の体制はまだ商品主管が中心となって行っていたが(承認は 1999 年 7 月,新体制移行は 2000 年 1 月) ,「コミットメント」が,このケースあたりから用いられるようになったようである。「X-TRAIL」では,ルノーと
の提携前に承認を取っていたが,新たな経営体制でも承認が必要ということで,ゴーン COO(Chief Operation Officer=最高執行責任者,当時) が初めて出席した,第 1 回エグゼクティブ・コミティー(Executive Committee:EC=取締役会) にて,「X-TRAIL」 に関する提案を行った際に,ゴーン社長から承認を得ることが出来なかったということである。当時の「X-TRAIL」は担当しており,現在の担当者である戸井 CPS は,主管の下で主担として一緒に仕事をしていた。そして,エグゼクティブ・コミティーにも出席しており,以下のようなやりとりがあったということである。
「今までの常識だと,『このぐらいだったら収益的にも結構いい線を行っているだろう』と思っていたんです。ところがゴーン COO は『全然話にならない』と,これを題材にして講義みたいに,重役・役員に『車の収益は今後こう考える』といった方針を説明していました。良い車なのは分かったが,この収益では話にならないので,1ヵ月の間に商品主管は,各副社長から収益が上がるという『コミットメント』を取り付けてくるように言われました。例えば,生産担当の人には幾らで作るとか,販売担当の人たちには幾らの価格で何台売るといったものです。それで幸いなことに皆さんのご協力が得られて,いろいろ工夫もして,営業利益率を倍ぐらいに上げることが出来て,それでもう1回提案を行って,承認を貰いました。
新しい製品開発体制における目的の1つには,責任関係の明確化があげられたが,それを補完する意味で,「コミットメント」が機能していると考えられる。「コミットメント」としてサインを行い明文化することで,誰が何について責任を負っているのかについて明確にすることを行っているといえよう。「以前は商品主管が提案者で, 例えば,営業費が幾らで, 幾らの値段で何台売ってというのを,担当者と調整して書式にまとめて,結果として,原価が幾らで利益が幾らという提案をするわけです。 会議で承認されたらみんなが責任を持ってくれていると提案者側は思っていましたが,聞く側はそうは思ってなかった,そうした認識ギャップは多少はあったかも知れません。」
「コミットメント」が達成されたかどうかは,給与面に反映されるということであったが,人事考課への反映については,今のところまだ行われていないようである。また,「コミットメント」は,製品開発だけではなく全社的に採用されているようである。「コミットメント」では,販売数や収益などを数値化することによって,その達成について誰の目にも明らかなものにしているが,これが全社的に採用されるにあたっては,全てのものを数値化する必要が出てくる。「数値化して目標を決めるというのは,給与だけではなくて,全ての面でやろうとしているところです。数値化しないと,契約にならないですから。今まで計ってないところに何かの物差しを作らないといけないわけです。」今まで数値化されていなかった部分を,どのようにして数値化するのか,それをどの程度,給与,人事考課などに反映させるのか,数値目標をだれがどのように設定し評価するのか,これらについては,非常に興味深い点である