最近は遅く寝たせいか、夜はよく夢を見ます。夢の中で日本語を話したり、日本人と交流したりしています。これらの寝言は実際に声を出すかどうか分かりません。それでは、日本語の勉強の面白さは一体どこにありますか?真実の感受を説明するために、昨夜見た夢について話してみたいです。
昨夜の夢についてはよく覚えています。抗日戦争の時期にタイムスリップしたようで、正に日本軍隊に全て占領される小さな村にいます。どうしたらいいか分かりません。目の前で銃を持っている日本の兵士が何人か来ました。すぐに私に向かって銃を撃つようでした。生死にかかわるこの瀬戸際に、生を求める意欲が強く駆り立てられて、私は急に一計を立てて、まずあの何人かの日本の兵士に向かって叫びました。「発砲しないでください。」(日本語で話しています、以下の話も)彼らが私が日本語が話せるのを見たら、すぐに銃を撃つことはなく、私の身に来て説明を聞きに来ました。「私は九州から来た民俗学の教授です。政府から中国のこの都市に派遣されて民俗調査をしています。今の仕事はここの村民を取材して研究資料を得ています。これらの村民の警備をゆるめるために、今の身なりはここの村民と似ています。私を中国人としないでください。また、勝手にこれらの村民を殺害しないでください。この考察の仕事に影響しないので。お願い致します。」これらの日本の兵士は私の話を聞いてから粛然として、「分かりました。先ほど失礼しました。では、先生の意思を私たちの長官に報告して、ご仕事に協力いたします。」と話した。しばらくして、私の前の五六メートルで、日本の将校のような服装をしている人が彼のそばにいる五六人に、「各自の作戦部隊に通知しろ。村民を殺さないで。敵は銃を持って必死に抵抗する中国の兵士だけです。」と話した。その時、私はこの将校が歩いてきて、私に仕事の具体的な情況を尋ねに来るかどうか心配していました。もしそうすると、彼に見破られる可能性があります。チリンと目覚ましが鳴った、私も目が覚めました。えっと、夢だったのですか?
この夢の中で、私の日本語はそんなに流暢ではないようです。ですから、その日本の兵士たちの疑いを避けるために、私もできるだけ日本人の話しぶりと口調で彼らと会話します。彼らが「そう、そう」と頷いている姿を見て、ほっとしました。自分の日本語で話す能力を誇る一方、私もあの成果を得るゆえに、ひそかに喜んでいます。私の日本語を話す能力の陰で、より多くの現地の村民も日本の兵士の銃剣と銃砲から逃れることができます。日本語を学ぶ最大の面白さは日本語で日本人と話すことにあるとすれば、日本語で日本人と話すことの面白さはこれに勝ることはないと思います。